立ち止まっている時間はない
来週、ADRの3回目の話し合いが行われる予定となっている私。今回は、西武信金と私に対して仲裁人から何らかの和解案の提示がされるものと予想しています。和解案を受ける・受けないは提示されたあとに弁護士と相談しながら考えることにします。
そんな私のこれまでの経験から、特に収益用不動産取引における詐欺的被害に遭われている方は立ち止まることなく、今すぐにでも行動を起こして欲しいと考えています。
すぐに動く必要性
解決に向けて誰ががあなたのために率先して動いてくれることなどあり得ず、全ては自分が動くことからしかはじまりません。立ち止まっていても何ひとつ解決しないどころか、逆に自分の首を締めていくだけです。監督官庁である行政機関が動くのは最後の最後、それでも動かない可能性すらあります。
何10年にもかけて融資の返済は続きますし、返済を止めてしまうと金利15%前後の遅延損害金が発生し続けてます。そして最終的に自分が司法手続きで負けてしまえば
- 不正な融資の元金+その不正に乗せられた金利の返済
- その不正な融資に対しての高金利な遅延損害金
何もしなければさらなる損害が増えるだけなのです。自分への損害を最小限にするためにはできるだけ早く「解決に向けて自らが動き出す」それしかありません。
裁判を勧めない理由
最初に逆説的な話しになってしまいますが、収益用不動産取引における詐欺的被害に対して「裁判はお勧めできません」。その理由は既に何度も書いていますが
自己責任
ほとんどの場合において、この大きく立ちはだかる壁を超えられない=勝てない=負けるからです。
日々、様々なSNSやブログをチェックしていますが
騙されたほうより騙したほうが悪いに決まってるのだから自己責任で済ませる話しではない
こんな意見を散見します。
私も2019年5月24日の業務改善命令から今日までずっとそう思っていますのでその気持ちは痛いほどわかります。ただ、だからと言って相手に騙されたことを盾に司法で争おうとしても
- その土俵にすら立てない
- 立てても勝てない
この現実にも正面から向き合ってもらう必要があります。それほどまでに自己責任は重いのです。
被害者の一方的な論理は通じない
知らなかった、説明を受けていない、抱合せで別の契約も押し付けられた、書面をもらっていない、みんなやってるから大丈夫と言われた、あとで嘘だとわかった、、、。はっきり言います。これらはそもそも被害者自身が確認しなければいけないものであり、それらを行っていないことは被害者の過失です。
この過失だけでなく、被害者にはさらにもう1回、立ち止まれるポイントがあったはずなのです。それは
契約書への記名押印
止まれるポイントがあったのに自ら先に進み、「今後何があっても一切の責任は負わないよ」と記載されていたであろう契約書に記名押印をした時点で「自己責任」が成立しています。
この行為は法的にも圧倒的に優先されるのが現実です。「騙したほうが悪い」と思うのは自由ですが、世間や司法では「騙されたほうが(も)悪い」と判断されます。そして、それが現実であるからこそ、ここまで毎年のように不正な取引が発生し被害者(素人)は苦しむ、加害者(玄人、何なら顧問弁護士に問題ないことまで確認している)はお咎めなしがほとんど、という状況が続くのです。
判例
過去の判例は法律と同じ意味を持ちます。そして実際、「自己責任」の判例が積み重なっており、もはや当然と受け止められています。司法の判断を簡単に言えば「儲け話しに目が眩んだ案件」と判断されます。
儲かったら何も言わなかったはずなのに損したから騒ぐことはフェアではない
このような過去実績もあり、司法で争う(民事訴訟)にしてもまず弁護士が見つかりません。当然でしょう。弁護士から見て明らかに負ける可能性の高い案件を受任するわけがないのです。だからこそ、この手の相談に対してほとんどの弁護士の回答は「自己破産しましょう」なのです。実際、あれだけ騒がれたかぼちゃの馬車事件でさえも「裁判で勝訴した例は1件もない」と私は弁護士から聞いています。
不法行為の証明は困難
このような現実を覆してまでも司法で争い、そして勝つためには被害者がやるべきことは
加害者側の不法行為の立証
しかし、これもほぼ非現実的です。特に詐欺的案件においては、先の記事にも書いたとおり、相手方に騙す意思がなければ詐欺は成立しませんし、そもそも加害者側は「そんなことは言っていない、逆にきっちり説明したし、何なら踏みとどまるなら今ですよとさえ伝えた」こんな説明に終始するでしょう。
さらに、虚偽説明があったにせよ、それが全て不法行為であるとは限りません。そして「それを納得して契約したのはあなたでしょ」と言われてしまいます。
その他の不法行為を立証するためには、その取引に関与した資格保有者ごとに法律を確認していく必要があります。例えば不動産取引なら必ず宅建業者が入っているはずですので宅建業法等を確認することは必須でしょう。ただ、ここに不法行為があれば、その追求対象は宅建業者であり金融機関ではありません。
資格保有者のみならず金融機関にも、その業務の専門家として圧倒的強者の立場に立っているため、その道義的責任は常に負っています。しかし、道義的責任を果たさないことが不法行為とは言えない、またその責任よりも自己責任のほうが重いのです。
調停・ADR
裁判は法律や過去の判例によってオール・オア・ナッシング、0/1で判断されます。そして昨今騒がれている不動産取引に関する不正融資事件においてはほぼ0と判断され被害者が負けてしまうのです。そのダメージは金銭的なものだけでなく精神的にも相当なものでしょう。だからこそ「調停・ADR」なのです。
調停・ADRの原則は話し合いです。裁判では0、でも調停・ADRなら0.5になる可能性を秘めています。ただ、それは逆に言うと1にはならない可能性も高いということです。
お互いの主義主張はあるにせよ、法律的な判断だけではなくお互いが歩み寄り・譲歩できる環境での話し合いです。加害者も被害者も何らかの傷がある、その傷をある程度肯定した上で仲裁人を交えてお互いが納得できる着地点を探る、そんな手法になっています。
歴史的快挙
スルガxかぼちゃの馬車事件における徳政令
これは圧倒的、過去に例がないほど、正直「異常」と言ってもいいほどの成果だったと私は受け止めています。この組織に加入した被害者なら代物弁済、税金も考慮された決着となりました。
ただ、これとて複数ある被害者組織のひとつが得られた成果。その他の組織で調停・ADRを行っている方や裁判で争っている方が同じ条件を引き出せる保証はありません。一人で戦うのか?どこかの組織に入るのか?それらによっても結果は異なってきます。
ただ、カモは次もカモられやすいのが世の常識、悪徳業者は常に次のカモを狙っています。何の結果も出していないのに被害者組織を装って金だけ集めているような怪しい組織もあると思います。そんなところには決して引っかからないようにご注意下さい。
2年かけてやってきたこと
私は今までずっと一人で戦ってきました。その中でやれることは全てやってきたという自負もあります。ベースとなる発想、モチベーションは
業務改善命令により西武信金の不正は明らかとなっている。私も同じ手法によって損害を受けたと思えるたくさんの証拠もあるのだから、その不正を追求し賠償してもらうのは当然
今までにやってきたことは過去ログに書いてありますが、その結果として残ったものは
- 裁判は無理
- 行政は何もしてくれない
- 警察(刑事事件化)はもっと難しい
- 立法府で徹底的にやってもらうためには風が必要
- その風を吹かすためにはメディアの力が必要
- メディアはビジネスにならないと動かない
結局、世の中が不正を追求することは当然と思っていたのは私だけで世間は全然興味がなかったのです。
私がADRを選んだ理由
法律的な0/1判断では勝負にならないため、相手の不正を指摘しつつお互いの落としどころを探りながら決着を求めることができるためです。また、2019年5月以来からの揉め事であり、もはや何らかのアクションをしないと差押え→競売→破産というさらなる悪循環に陥る恐れがありました。民事裁判や刑事事件化が難しい以上、調停・ADRしか選択肢がありませんでした。
2回めのADR申立
まず最初に個人でADRを申立ました。しかし、その内容は、現在私が日々目にしているような被害者側からの一方的な被害妄想に近いもの。これでは当然勝ち目もなく、すぐに取り下げざるを得ない状況でした。
その反省を受けての2回めのADRでは、時間をかけて弁護士を探し、受任してもらえる弁護士をやっと見つけ、法的根拠やロジックを前提にした戦い方を明確にした上で挑んでいます。
ADRの限界
私はいまだに「西武信金は不法行為により不正な融資を反復的に行っており、そのひとつが私の案件である」と信じています。そこで私は以前からこのADRにおいて西武信金に対して「不正をしていないのであればその証拠を示せ!」と要求してきました。その内容を具体的に言うと
不正の証拠が残っている258物件に私の取引に関与した不動産鑑定士が含まれているのか?
私は終始一貫してこの説明を求めているのですが、西武信金はこれらには一切触れないまま、私の申立に対するインチキでファンタジー?脳内お花畑なの?という反論の意見書を提出してきました。私はその反論に対してロジカルに、一部は明確な証拠を示して論破しています。にも関わらず、その後も西武信金は258物件の説明に一切触れることなく、しれっと和解案に向けて動いているように感じます。
弁護士にもこの部分をずっと相談していますが「そもそも答える義務がない、それがADR」。要するに
加害者側の不正を明らかにすることができない
ここがADRの限界点です。納得はできませんが受け入れるしかありません。
私としても不正は絶対に許せません!許しません!被害者はどこまでいっても被害者です。ただ、、、
被害者≠必ず救済(というより救済されないほうが多いのでは?)
被害者にも過失があり、その責任は被害者が考えている以上に重いものであるという事実を認識し、その上で今の窮地から早急に脱するために行動して欲しい、そう願っています。その行動のひとつが調停・ADRですし、行政や立法への通報もそうです。
まずは手と足を動かして下さい。死なない限り明日はきます。現実逃避する暇はありません。戦って下さい。応援しています。