現在までの経緯

具体的な不正の手口や現在までの経緯を、実際の私のやり取りを例としながら紹介します。
その前に、まずは大前提として
投資は自己責任
これは必ず言われる言葉です。これに対して私は原則同意しており、一定の自己責任があると認めていますので私の過失が0、西武や不動産の専門家の過失が100で決着しようとは思っていません。ただ、私の過失が100で相手が0、これは明らかにおかしいと考えています。
- 国の許認可をもらって営業している金融機関が
- 難関国家資格保有者と共謀し
- 国や専門機関もバックアップしていた融資スキームを不正利用し
- 債務者の費用負担で不動産の専門家に不正な鑑定評価を作らせ
- バンカーであれば誰もがおかしいと思うはずの表記を多数の職員が見逃し(?)
- 本来の担保価値以上の過剰融資(耐用年数&額)を不正に反復的に実行
- 少なくても258物件では不正を指示した証拠が残っている
- 過去18ヶ月間で同様なスキームによる取引は2500件程度ある
このように西武信金の詐欺的行為が明白であり、しかも担保割れで反復的に融資を行っていたということは背任罪、特別背任罪を問われる行為であると考えています。また、評価額及び残存耐用年数の小さい物件に対して過剰な評価を反復的に行っていた不動産鑑定士の行為は「不動産の鑑定評価に関する法律」に明らかに違反しており、さらには不正競争防止法であることも弁理士、弁護士から裏付けを取っています(でも警察が受け付けない)。
こんな状況であるにも関わらず
投資は自己責任である以上、加害者側がどんな不正・不法行為をしたとしても加害者責任は0で被害者の自己責任が100%というロジックはおかしいのではないか?
ここを争っているのです。
何も0:100を100:0にしたいというわけではありません。加害者側に不正・不法行為があるのであれば当然に加害者側には相応の責任があると確信しており、私はそこを追求し続けてきました。
司法:西武信用金庫に対してADR、不動産鑑定士に対しては損害賠償請求
立法:金融庁及び国交省に対して複数回の質問主意書及び請願の提出
行政:金融庁及び国交省に対して複数回の情報開示請求
今までの経緯
2025年
1月
2024年
1月
2023年
8月
何もしていない(たぶん)のに金融庁から一方的に追加の情報開示が行われました。ただしその内容は酷いもので今までと何も変わりませんでしたが。
7月
金融庁が開示した資料はほぼ全てのり弁であったことを不服として審査請求を出していましたが、その結果が届きました。
6月
不動産鑑定士相手の裁判によって西武信金が不適切な行為を行っていたという新事実が判明しました。これにより先に決着していた西武信金とのADRの和解の前提条件には錯誤があったとして先の和解を取り消し、改めて西武信金の不正による損害賠償請求を行なうべく弁護士と相談しています。
4月
金融機関による不正融資の元凶である金融庁に対して意見書を提出
金融庁に対する2回めの情報開示請求において1820枚の資料が開示されたもののそのほとんどがのり弁であったことを不服して審査請求を提出、その流れで「意見書」の提出を求められたため提出しました。
不動産鑑定士相手の裁判において証人として出廷した西武信用金庫の内部統括副支店長の口から「私に何の確認をすることなく」「不動産鑑定士に対して修繕費用をかけた将来時点の不動産鑑定を依頼した」という証言が得られました。それを受けて再び国会議員を通じて政府(金融庁)に質問主意書を提出、さらに国会に対して請願を提出していただきました。
3月
不動産鑑定士相手の裁判が終了しました。その内容に関しては口外しないという縛りがあるため何もお話しできません。
2月
情報開示請求の結果、1,700枚超の資料の開示を受けるもの、その全てにおいて開示されたのは「西武信用金庫」という6文字のみだったことを不服として審査請求を出しており、その結果が届きました。
証人尋問を受けて原告・被告両者から最後の準備書面を提出しました。
1月
金融庁に対して新たに行った情報開示請求「西武信用金庫から不動産の専門家に対してどんな指示・示唆を不正と判断したのか?それがわかる資料の開示」その第一弾が届きました。
2022年
12月
西武信金を証人とした証人尋問、ここで今まで明かされていなかった重大な事実が明らかとなりました。
11月
新たに提出した2つの情報開示請求のうちのひとつがマッハで戻ってきました。その結果は当然のように、、、。
最後になるだろう口頭弁論において被告が反訴してきました。
10月
参議院財政金融委員会に対して請願が提出されました。
予想通り「棄却」されました。
9月
さらに第14回があることも確定しました。
8月
口頭弁論もこれで最後かと思っていたのですが、実はもう1回やるという流れになりました、
7月
約1年続いた口頭弁論ですが、これが最後となるような雰囲気でした。
6月
4月
3月
2月
1月
2021年
12月
被告はこのときまでにもまだ代理人を選任しなかったため、被告の主張を裁判所が聞き入れる可能性は低くなったと受け止めています。次回からは原告による不正と損害の立証が中心になっていくと思われます。
11月
大きな進展があったと受け止めています。
実質「ゼロ回答」でした。残念ながら「行政機関に不法行為があってもそれを明らかにする必要はない」という行政の隠蔽体質を切り崩すことはできませんでした。
10月
10月中旬に第4回の口頭弁論が行われましたが、約5分と史上最短で終了しました。まだ暫くは準備書面でのやり取りが続きそうです。
予想外に速く10月19日時点で既に答弁が公開されていました。
「情報開示請求」とは別に「私の物件に関する不正の指示・示唆を行ったメール」は私の個人情報であるとして別の手続きで開示請求を行っていたものの回答が届きました。その内容は、理解不能な理由により「不開示」とされたため、それを不服として審査請求を提出しました。
金融庁が保有している「258物件における不正の証拠となるメール」の開示請求を行った結果、全487枚の資料があることが確認できました。そのうち63枚は開示決定が出ましたがたぶんのり弁でしょう。そして残りの424枚は全面不開示。これは明らかに不当だとしてすぐに審査請求を出しました。
浜田参議院議員のご協力により提出してもらった「質問主意書」。しかしその回答は相変わらずの論点ずらし、回答にならない回答のオンパレード。そこで浜田事務所の政策スタッフの一人という位置づけで金融庁、国交省に直接質問を送りました。
9月
連絡が来るのを待っていても何も来ない可能性が高いと感じているため、問合せからちょうど1ヶ月後に再確認してみました。すると「西武信金が私と直接話すということだったので、、、」。
そうということであればと、私から西武信金のリスク管理統括部の部長に直接電話してみました。すると驚愕の「あなたに対しての回答は一切用意していない」。
はぁ?あなた方の対応に大きな問題(虚偽回答及び脅迫相当の行為、さらに何ら質問に対して何ら回答しないこと)があったからこそ、その行為に対する質問を投げていたにもかかわらず何も答えないの一点張り。どうやら、もはや組織全体に「猿以下」しか存在していないようです。
2件の審査請求のうちの1件は「却下」されましたが、もう1件は「一部開示」が認められました。ルールによるとその決定から2ヶ月以内に対応することになっているらしいので待っていたところ、9月上旬にその書類が届きました。早速確認してみるとそこには衝撃の事実が!なんと具体的な不正行為の事実を金融庁が把握していながらもずっと隠蔽していたのです。
9月中旬、第3回口頭弁論が行われました。約10分とあっけなく終了してしまいましたが、次回からは議論が深まりそうな印象を受けました。
金融庁が情報を隠蔽していた事実が発覚したことと同時に「であれば、金融庁がもっと情報を持っているはず」として追加の開示請求を行いました。求めた情報開示はズバリ「不正を指示・示唆したメールそのもの」です。
8月
情報開示請求における西武信金の対応(虚偽及び脅迫とも思える言い回し)を問題視してこの組織に相談しました。
7月
西武信金とは、まずは和解し、差押えや競売に進むことを阻止することが最優先だったので、それ以外の攻撃は控えてきました。無事に和解が成立したのを受け、あえてそれまでやってこなかった「個人情報開示請求」を西武信金に提出しました。その結果は「開示不可」。さらに虚偽答弁と脅迫じみた表現だったことを問題視しました。
第1回口頭弁論は単なる訴訟開始イベントでしかないため出席しておらず、この第2回がはじめて原告と被告の双方が対面するイベントとなりました。事前に被告から答弁書が提出されていましたが、その内容は支離滅裂で何を言いたいのかさっぱりわからないものでした。全体的に法的根拠が乏しく単なる個人の感想や思い込みを前提にした「自分には非がない」という主張。しかし、そもそも論として原告である私からの主張は「不法行為に伴う損害賠償請求」、対して被告からの答弁は「原告は物件購入後にあんやことやこんなことをやっていた、これはきっとXXXと考えていたからだろう、被告は原告の希望であった物件購入をサポートしてあげたのだから感謝されるべき」。
違うわ、ボケ!アホかっ!
争点は
被告が作成した不動産鑑定意見書における不法行為の有無
という1点であり、私の物件購入後の行動など1ミリも関係ありませんし、被告の思い込み、想像には何ら法的根拠がありません。
4月
まずはADRで様子を見ましたが、最初は無視し続けていました。以降、仲裁人から何度も連絡をしてもらいやっと繋がった結果はやっぱり「拒否」。そこですぐに訴訟に切り替えました。
西武信金からの答弁は虚偽の羅列、それに対してこちらからひとつひとつその虚偽を論破、すると今後はダンマリ、不利な質問には一切応じないという手法でした。
ひとつの例が、上段で記載した「3つ合わせての担保評価」。ADRにおける答弁書では「当該物件の経済的評価はXXXX万円であったことから、、、」実は、というか当然ながら個々の物件での評価していたのです。さらには、鑑定評価に異常値を記載したのは不動産鑑定士の責任であるとも言っていました。しかし、西武信金はその鑑定評価をしっかり審査した上で稟議を通したとも。おや?じゃあ、何を審査していたのでしょう?
このように過去の説明と異なる答弁が山ほどありました。そのおかしな点の一部はこちらにその虚偽の証拠も残っていました。それを示して突っ込むと、、、次からはダンマリです。そんなやり取りを数回続けた結果、不本意な条件ながらも和解成立となりました。
2020年
12月
対西武信金とのADRとは完全分離、対不動産鑑定士との司法手続きに向けて第4の代理人を選任しました。不動産鑑定士に対しては最初にADR、それを拒否してきた場合は即訴訟に切り替える、という前提できっちり仕事をこなしてくれそうな代理人を選任しました。
10月
以前に一度、個人で申立を行い失敗したので、今度は代理人による法的根拠に基づいた申立を行いました。金融ADRにおいては明文化されていないものの、原則金融機関には応じる義務がある、という建付けらしく西武信金も渋々応じてきました。
6月
衆議院の議員会館ににて金融庁、及び国交省の職員と直接面談することができました。さらに参議院においては質問主意書として政府に質問を出してもらい国からの公式回答を得ることができました、その内容は肩透かしでしかありませんが、こうしてひとつの結果が出たことが重要、次に繋がるものでした。
3人目の代理人の選任
さすがにもうその他の債務の結論も待ったなし、さらに言えば西武信金の融資返済もこのまま滞らせたままでは差押え→競売へと進むリスクが高いと判断、もはや最終決着をするしかないという意思を持って3人目の代理人を選任しました。以降、まずは債務整理に関してひとつずつ解決(一部利息の免除してもらった上でリスケによる返済再開)していきました。
2019年
12月
ADRの申立と2人目の代理人の選任
最初の代理人に交渉を任せる中で私は西武信金に対する司法手続きの準備に入っていました。そして代理人をつけることなく個人で西武信金及び不動産鑑定士を相手にADRの申立を行いました。しかし、西武信金からの回答は「1回で不調でも構わなければ応じる」、不動産鑑定士からは「拒否」。
今振り返ってみれば、私の作成した申立書そのものに多数の問題があったと思います。上記の不動産鑑定士の内容証明の回答のごとく、私の申立は被害妄想全開。何ら法的根拠がなく単なる思い込みの羅列でした。これでは勝てるわけがありません。ということでADR自体をとっとと引っ込めました。
並行して2人目の代理人を探して選任。この代理人には私の「事業再生計画」を作成してもらい、リスケを前提にした交渉をしてもらいました。しかし結果は「ゼロ回答」。となるとこの代理人も言ってくることは同じになります。仕方なくこの方も解任することに。
8月
国交省に対して不動産鑑定士の措置要求を提出
不動産鑑定士の不正行為は法律によって禁止されているものです。私が受けた不正行為は明らかな法律違反であることから、その法律に基づく正規の段取りに則って、この不動産鑑定士の処分を求める「措置要求」を提出しました。しかしながら、請求から2年経っても何ら進展はありません。
この対応に関して国交省に質問を出したものの「個別の案件にはお応えできません」の一点張り。しかし、私が問うているのは個別の案件ではなく
国交省管轄の資格保有者が多数の不正に関与していたことが明らかとなっているこの事件の免許権者としての監督責任
なのですが、国交省はガン無視を決め込んでいます。
刑事告訴、告発
西武信金の支店長・副支店長に対して詐欺罪として刑事告訴を警視庁戸塚警察署に、さらに元理事長を背任罪・特別背任罪として刑事告発を警視庁中野警察署に提出するも取り付く島もなくケンモホロロに受け取り拒否されました。さらには、不動産鑑定士に対して不正競争防止法違反(品質誤認惹起行為)の刑事告発を警視庁に郵送しましたが、やはり却下されました。
捜査1課案件のような被害者と加害者が明白で証拠もバッチリ残っているような事件ならともかく、生活安全課が扱う知能犯の告訴・告発を受理させることは相当に困難なのが現実です。結局は「そういう申し出があったと記録しておく」で終わってしまいました。
西武信金に立ち入り検査した報告書、また業務改善命令を発令するに至った稟議書的な文章の存在を把握したため、それらに情報開示請求を行いました。実際に複数の資料が開示されましたが、そのほとんどはのり弁。この対応を不服としてさらに審査請求を行ったところ、一部は却下、一部は開示が認められました。
7月
不動産鑑定士に対して内容証明発送
国から不正があった事実の発表、及びセカンドオピニオンの結果を受けて、不動産鑑定士に対してもアクションを起こしました。
「私は不正があったと認識しているので賠償請求する」との意思表示を行い、何らかのレスポンスに期待して内容証明を発送しました。すると、先方から的を射ない表現の羅列のよく意味のわからない回答が届きました。今思えば最初から現在まで、この人の説明には何ら法的根拠がなく単なる思い込みや想像、空想の世界観であると思います。
とにかく「職務を真っ当しただけで何ら不正はない、損害賠償には応じない」の一点張りでした。が、、、ここにも不正の証拠となり得ることが記載されており、そのうち裁判で利用する予定です。
1人目の代理人弁護士を選任
実は業務改善命令発令とほぼ同じタイミングで創業融資他、その他の債務の返済も滞りはじめていました。かと言ってすぐに返済が正常化できる目処もなし。こうなるともう最悪は破産も視野に入れるしかありませんでした。ただ、破産以外の決着を目指し、不正が明らかとなった西武信金から何らかの譲歩を引き出すべく、代理人を立てて西武信金との交渉を開始しました。
しかし、西武信金のスタンスは
金庫として不正があったことは認めるが私の融資に関して一切の不正はない!
として、この交渉で実現できたことは唯一
共同担保のひとつである板橋区の物件を損切りして売却
だけでした。
その売上代金も経費を除いた全額を西武が回収していき、結果としては当該物件の残債が減っただけとなったため、私の事業再生の道(債務返済再開)は閉ざされたままでした。
同じ時期に西武信金から代理人に対して「(不正を受けた)物件の購入希望者がいれば融資を検討する」と伝えられていました。その当時、複数の購入希望者がいたので西武信金に紹介するも結局は無碍に却下されただけでした。どうやら西武信金は実際には融資をする気はなかった、そもそもが不正融資なので十分な融資ができなかったと思われます。
当該物件がそれなりの価格で売却できない限り、債務返済や納税が進まないことから、この代理人から「もう破産するしかないのでは?」と打診されました。しかし、この時点で当該物件と自宅を売却すれば債務も税金も完済することが可能であるという見込みが立っていました。
破産する必要がないのに依頼人に対して破産を進言してくる意味、それは弁護士として「債務整理」の間に立つと一定期間中に債権者に対して結論を示さなければならなかったからと想像します。私の判断は「もはや破産の必要性がないのに破産するわけにはいかない」としてこの代理人を解任、別の代理人を探すことにしました。
その後、近親者からの援助を受けて納税だけは済ませ、以降は債務整理の交渉だけに注力することができました。
6月
セカンドオピニオン
全ての金融機関から否定された不動産鑑定意見書。これは怪しいと思い、私自身がネットで無作為に選んだ第三者の不動産鑑定士に同じ物件の再鑑定を依頼しました。その結果、評価額も耐用年数も全く違うものが出てきました。この結果を受けて西武信金に詰め寄りましたが「鑑定評価をしたのは不動産鑑定士であり、我々はそれを参考情報にしただけ」。何ら解決には至らないどころか暖簾に腕押し、糠に釘状態でした。
西武信金が業務改善計画を発表
業務改善命令を受けて西武信金から業務改善計画なるものが出されました。しかし、そこにはフワッとした原因と今後の対策こそ表記されているものの、この不正に被害者に関しては一言も触れられていませんでした。残念ながら単なるトカゲの尻尾切りで終わらせたい、そんな思いしか伝わってきませんでした。
5月
金融庁へ通報
異常な残耐用年数が記載されている不動産鑑定を前提にした融資、これは業務改善命令に書かれているものと同様な不正の可能性が高いと判断し、業務改善命令の発表のあった当日だったか翌日だったか、とにかくすぐに金融庁へ「私もこの不正の被害者であり相当の補償を求める」と通報しました。
すると翌日、アポ無しで支店長と副支店長が私のオフィスに飛んできました。
「以前から相談されていた共同担保解除の検討をするのでとにかく金融庁への通報は取り下げて欲しい」と懇願されました。それを真に受けた私は、金融庁に対して「西武信金と直接話しをすることになった」と連絡しました。
しかしそれ以降、西武信金は何もしませんでした。何度か電話連絡したものの「やっぱり共同担保を外すのは難しい」。これ以降、西武信金と口頭でやり取りすることは一切拒否することにしました。
業務改善命令
「業務改善命令」によって西武信金や不動産鑑定士の不正の事実が明らかとなりました。
1)投資用不動産向けの融資にあたり、形式的な審査にとどまり、不適切な信用リスク管理態勢となっている
ii 投資目的の賃貸用不動産向け融資について、融資期間に法定耐用年数を超える経済的耐用年数を適用する場合には適切な見積りが不可欠である中、経済的耐用年数等を証する書面を作成する外部専門家に対し、金庫職員が耐用年数や修繕費用等を指示・示唆するなどの不適切な行為が多数認められる
「これはもしかして、、、」と思い私の鑑定書の記載事項も再確認してみました。
- 購入対象物件(鉄骨造) 残耐用年数35年+築34年=全耐用年数71年(法定耐用年数は34年)
- 共同担保1(木造) 残耐用年数35年+築18年=全耐用年数53年(法定耐用年数は22年)
- 共同担保2(木造) 残耐用年数35年+築48年=全耐用年数83年(法定耐用年数は22年)
法定耐用年数に対してこの異常値としか思えない全耐用年数。これは想像でしかありませんが
- 残耐用年数35年ありきで金庫職員が指示・示唆
- それを受けて不動産鑑定士が異常値を記載した不動産鑑定意見書を作成
- 全耐用年数がこんなふざけた数字になったも金庫をその異常値を無視して融資実行
こんな流れだったと考えています。
同じ木造なのに全耐用年数が大きく異なる。その結果、木造が鉄骨造より長い全耐用年数、、、これは明らかにおかしい。ここで初めて
私の契約においても同様の不正・不法行為があった
その可能性が高いということを認識しました。
2018年
6月
不動産鑑定意見書の問題を確認
「不動産鑑定意見書により、それぞれの物件にそれなりの価値があることはわかっている。であればその価値で借り換えを行うと同時に板橋物件の共同担保を解除、売却すれば全て丸く収まる」そう考え、近所の信金、地銀、第二地銀、、、不動産鑑定書を持って5軒以上を回りました。その結果、全ての金融機関からこんなことを言われました。
こんな資料、紙くずでしかありませんよ
実際にこんな酷い言い方を直接されたわけではありませんが、そう言われているに等しい内容でした。「難関国家資格である不動産鑑定士が作成した資料が紙くず?」なかなか理解できませんでした。何にせよ、借り換えは実現しませんでした。
購入後のアクションの結果、この融資には色々な問題があることは肌で感じ取っていました。しかし、最終的に契約したのは私であり、その責任は全て私にあると思ってとにかく走り回るしかありませんでした。その後は仕方なく当該物件の売却活動をはじめ、その売却費用で納税するからと税務署には一定期間待ってもらうよう交渉して了承してもらいました。しかしながら、物件を売却しようにもそもそもが不正に過剰な融資の可能性があり、そんな物件を一定の条件以上で売却するのは非現実的でした。
- 本来の担保価値がないとなると債務を消せる程度の金額(+納税資金)で売却しようにも買い手が見つからない
- 仮に損切りして売却したとしても債務が残るため共同担保も手放さざるを得ない
- 共同担保を全て処分したところでまだ債務が残った場合は破産しか道がない
相応の価格での売却は難しいと感じていたことから、並行して新規で立ち上げたビジネスのハードランディングも必死に試みました。しかし、当然ながらそう簡単にできることではありません。そもそも約2年程度で黒字化を目指していたビジネスであり、それを1年未満で実現することなど非現実的でした。結局は何も進展することなく、いたずらに時間が経過するだけでした。
納税資金不足が発覚
恥ずかしながら、先に売却した物件に対する所得税の納税資金の計算を大きく間違えており、約600万円の手元資金不足が発覚しました。
そこで最初に考えたのは「板橋区の物件の売却」。板橋区の物件はキャッシュで購入、キャッシュでリノベーションした(することになってしまった)無借金物件でした。これを売却すれば納税資金を確保した上で、余った分を西武信金に内入れすることも可能でした。
ただし問題は「共同担保設定」。物件を売却するためにはまずは共同担保を外してもらう費用がありました。そこですぐに西武信金に打診、しかし、、、
以前にも説明したとおり、3つまとめての担保評価による融資であり個々の物件の評価はしていません。そのうちのひとつを担保から外すことは不可能です
そう簡単に共同担保を外すなんてできないことはわかっていたのでここまでは想定内でした。そこで次に融資の借り換えを検討しました。
4月
創業融資制度を活用
物件購入前のプランでは、空室を全てフルリノベーションし普通に住居として貸せる部屋にするつもりでいました。しかし、1,100万円の融資減額に対応するために改めて様々なプランを検討した結果、「新会社を設立、創業融資を利用し新事業を立ち上げる」として、東京都の制度融資を申し込みました。そのビジネスプランは無事に承認され融資実行、新事業をスタートさせました。
1月
融資契約、そして金消
2018年1月5日に融資契約を締結、9日に融資実行となりました。そしてその融資実行後に西武信金から不動産鑑定意見書を受領、同時に不動産鑑定士からの請求書も受け取りその日に送金しました。このような不動産鑑定を入れたスキームに対して当時の私の印象は
こういう手法もあるのね、これなら確かに築古物件の再流通に繋がるだろう
と前向きに受け止めていました。
この融資スキームの肝は
経済的耐用年数に応じた長期返済
通常、金融機関は「法定耐用年数」内の返済期間しか認めていないところがほとんどでした。その法定耐用年数は
- 木造 22年
- 鉄骨造 34年
- RC造 47年
一般的には、この法定耐用年数から築年数を引いたもの以下の返済期間となっていました。しかし、この計算式では築古物件には融資が出ない、または出たとしても超短期返済となってしまうため、キャッシュフローが回らず非現実的、というオチでした。その結果、長い間、築古物件は土地値程度の価値しか認められてきませんでした。
そこに風穴を開けたのが西武信金。古い物件でもキャッシュを生む価値があるとして、不動産の専門家と協力して
経済的耐用年数 = きちんとメンテナンスすれば今後も長きに渡ってキャッシュを生む
という指標を2014年ごろから取り入れ、築古物件に対する融資を急拡大。結果、短期間で1000億円以上の融資拡大を実現しました。これがずっとインチキのないものでやっていればよかったのですが、、、
この時点での私は、既に公に認められ多数の実績のあるスキームで融資を受けたという認識しかなく、この時点では何一つ疑いを持っていませんでした。そんな理解であったことから、受けとった鑑定資料の中身すらも一切確認せず、そのままタンスならぬ机の肥やしになっていました。あとになってみれば、ここは私にとって大きな過失でした。
- きっかけは私が物件を見つけ、西武信金に融資の打診をしたこと
- その後に西武信金から逆提案を受けたことにより彼らのビジネスモデルに乗せられ
- 西武信金が一方的に選んだ不動産鑑定士を使って不動産鑑定を行い
- その不動産鑑定の結果を知らされなまま想定外の不利な条件で契約を締結、融資実行
- 融資実行後に不動産鑑定意見書を受領
- 不動産鑑定報酬の支払い
このような流れで気づかないうちに業務改善命令で指摘を受けたものと同様な不正融資スキームに乗せられてしまったと受け止めています(ただしこの時点では気づいていません)。
2017年
12月
西武信金からの逆提案
売契から数日後、西武信金から逆に提案を受けました。それは
確実に融資を実行するために不動産鑑定士の評価を入れたい
というものでした。
- 評価対象物件は本物件以外に私の保有していた2物件(板橋区の物件と自宅)
- 不動産鑑定士は西武信金が手配するので私は何もする必要がない
- 鑑定費用だけ払って欲しい
実質的にはこの打診に乗らないと融資が出ないと判断、私にとってはノーチョイスでした。
この不動産鑑定を使った築古物件に対する融資スキームは、以前から西武信金が活用していたものであることは知っていました。さらに、このスキームは国(金融庁、国交省)や不動産鑑定士協会連合会もバックアップしていたので、私は逆に公的なお墨付きを受けている安心できるビジネスモデルと受け止めていました。
不動産鑑定士の業務領域について(現状)
https://www.mlit.go.jp/common/001204444.pdf

西武信金、都不動産鑑定士協会と連携
https://www.sankeibiz.jp/business/news/141101/bse1411010500003-n1.htm

かんてい・TO KYO – 公益社団法人 東京都不動産鑑定士協会
http://www.tokyo-kanteishi.or.jp/jp/wp-content/themes/guest/assets/images/pdf/TAREA90.pdf

安心できるビジネスモデルに乗れて確実に融資を引けるなら喜んでと快諾、鑑定結果を待つことにしました。
西武信金からの回答
2017年12月28日or29日、とにかく西武信金の年内最終営業日に営業担当者から口頭(電話)で連絡がありました。
鑑定評価が出たので融資OKです!ただし条件があります
- 7,000万円の申込に対して6,500万円
- 額は伸びないが返済期間は頑張って伸ばして30年
- 金利2.3%
- 本物件だけではなく保有2物件も共同担保
- 別に申し込んで内諾をもらっていた板橋区の物件のリフォーム資金600万円の融資は中止
正直なところ、これはかなり厳しい条件であると受け止めました。個人事業主として突然の1,100万円(500万円+600万円)の融資減額は相当なインパクトがあります。何より
それまでに描いてプランが全て白紙
融資内諾前提で既に板橋区のリノベーション工事は進んでおり多額のキャッシュアウトは必至。また、当該物件もそのままでは到底使えない状態であり、相当のリノベーションが必要な状態でした。にも関わらず急に1,100万円減額と言われてもすぐに脳内を切り替えることはできません。何より新たな資金繰りを考えなければなりません。
さらに、想定外の共同担保の提供にも大きな抵抗がありました。そこで6,500万円になった背景として個々の共同担保の担保価値を担当者に確認してみました。すると
それぞれがいくらということではなく3物件合わせて6500万円という評価です
西武信金がそう言うならそうなんでしょう、受け止めるしかありません(しかし後日、この「3物件合わせて」という話しは虚偽だったことが判明)。
相当悩みましたが、売買契約の融資特約期限も切れていたため売買契約の撤回=違約金1,400万円。無駄にさらに多額の費用を払うよりは、買ってから何とかするしかないという判断に至りました。
唯一の光明は、返済期間が30年と想定より長くなったこと。これにより月々の返済額は当初の計算より抑えられるため「やりくり次第で何とかなるだろう、いや、するしかない」と思うことにしました。
また、このスキームによって融資OKのとなるということは
公的に認められた担保価値、すなわち出口(売却)もある
私は常に出口を意識して物件を購入してきましたのでこの物件に関しても
事業に失敗しても物件を売却すれば借金はチャラ、またゼロから始めるだけ
そういう判断がありました。
11月
今回の事件となる物件を見つける
保有していた全ての物件を売却した2017年4月ごからずっと次の物件は探していました。しかし、なかなか私の眼鏡にかなう物件が見つからなかったのです。そんな中でやっと見つけたのが上記の板橋区の物件、そして次に見つけたのが今回の事件に繋がる物件でした。
相当な築古物件(築40年超の鉄骨造)ではありましたが、それなりの規模感で複数の駅を利用可能で駅近、バス停も近く路線豊富、自宅から自転車通勤圏内ということでとても興味がありました。
内見した結果、想像以上に内装はボロボロながら
リノベーションすれば再生可能
と判断し、この案件でも西武信金に融資の相談を持ち込みました。希望融資額は7,000万円、できるだけ低金利で、返済期間20年以上で打診しました。
私からの打診に対し、西武信金からの最初の反応は 十分検討できる というものでした。それを受けて、私は2017年12月6日に売主サイドと売買契約を締結しました。もちろん融資特約付です。
8月
板橋区の築古木造物件を購入
購入資金はキャッシュでした。ただ、相当のボロ物件であったことから「躯体以外は全部やり直し!」ぐらいの勢いでのフルリノベーション、その費用見積りは約600万円でした。
キャッシュはまだ十分にあったのですが、次の物件購入のための自己資金も必要であったことから、この費用の融資をメインバンクである西武信金に相談、その結果「では全ての工事が終わり金額が確定したら融資しましょう」という内諾をもらっていました。
この物件は2階建ての小さな一軒家規模でリノベ後の想定家賃は8万円前後。この1軒だけで生計を立てるなど到底無理なため、早急にそこそこ規模感のある物件を購入する必要がありました。
4月
大きな方針転換
2017年4月までにそれまで保有していた全ての物件を売却しました。その最大の理由は「遠いから」。遠距離の物件だとどうしても現地の管理会社に依存する部分が大きくなってしまいます。それなりの経験値を積んできた中で自分で「ああしたい、こうしたい」と現地の管理会社に伝えても、それをタイムリーに、正しく対応してもらえないことも多々ありました。なのに一定の管理費の支払いは毎月発生する、そんなことに大きな疑問を感じ
自分の目や手の届く範囲で物件を保有(ドミナント)し、自分で運用(自主管理)
という方針に切り替えました。
1軒1軒処分していき、2017年4月までに全ての物件を売却しました。この時点で借金は0、かつ手元資金がたっぷりの状態となりました。しかし、それはイコール収入もなくなったということであり手元資金もいずれ枯渇することは明らか、早く次の物件を購入する必要がありました。
2010年
私はサラリーマンのかたわら、2010年から「事業」として不動産業に取り組みはじめました。
一般的には不動産「投資家」と呼ばれることが多いのですが、個人的には「投資」という表現には少ながらず抵抗がありました。「投資」と呼ばれると売買によるキャピタルゲインをイメージされがちです。実際、私も過去に何度か資産の入れ替えとして売買はしてきました。ただし、それはあくまでも結果論。売買によるキャピタルゲインが主目的ではなく(実際には損切りもありました)、基本的には家賃収入によるインカムゲインでの事業継続、そして一定期間保有したのちに売却してキャピタルゲインも得て次に進む、そんなスタイルを目指していました。
このようなスタンスで事業をスタートしてからの最初の2年は「高属性のサラリーマン」という立場を最大限活用し、業者を使って融資もパッケージにされるような物件を購入しました。そしてその2年で2棟を購入、約2億5000万円の融資を受け、2012年4月にサラリーマンをリタイアしました。リタイア後は自力で融資付けも行い物件を購入、リノベーションできる業者を見つけて修繕して運用、そして数年後に売却、ということを何度か繰り返してきました。


